信州長野発のよい物、よい体験、よいつながりを共有するプロダクトブランド[SYN:]。発起人である長野の靴下メーカー・株式会社タイコーの神田一平さんと世界的に活躍する梶原加奈子さんとの対談から、【後編】ではプロダクトへのこだわりや今後の展望を紐解きます。

上質な糸による心地よさと健康的な暮らしを考えた機能性

神田
靴下については、普段の製造ではなかなか使えない上質な糸など、いろいろな事情で諦めている素材をもう一回掘り起こしたなかで、肌に優しいものや履き心地の感触がよい素材、もっと世の中に広まっていいと感じる隠れた良材などの機能を転化させることを考えました。

梶原
一番のこだわりはやはり糸。タイコーが通常使用しているものとは異なる糸といったらよいのでしょうか。私がインナーやアウターといったウェアの生地の開発もしているので、そこに使う柔らかな風合いのコットンやシルク、和紙の糸、肌にチクチクしないウールなどを提案しました。足もとからの心地よい感覚にこだわりたいと思ったからです。ただ、服地用の上質な柔らかい糸を靴下に使うには耐久性が弱い問題もあり、イメージと強度のバランスを慎重に考えました。

神田
お互いのこれまでの経験値を落とし込んで話し合いながら試作の靴下をつくり、使用試験をしながら進めていきました。

梶原
それに、私の世代である40代は体調に何らかの変化があるときで、私も健康的になりたいという意識や女性として血流をよくしたいという関心が高まっていたので、タイコーがつくる血流に効果的な靴下には世の中の女性も興味をもつのではないかと思い、こだわって深掘りしました。血流がよくなることは、全てにおいて健康になることです。そこで、糸や組織、磁石の使い方などに力を入れてつくっています。

神田
当社としては、いままであまり使ったことがないような糸を使っていることから、「こんなに心地いいんだ」「こういう糸もあるのだ」と、開発のなかで新しい発見があったのもおもしろかったですね。

梶原
デザインや色については、長野の自然から想起する色合いと、開発に長けているラボとしての性質を併せもった「未来的なナチュラル」をイメージしました。「素朴な」とか「粗野な」というものではなく、クリーンなナチュラル感です。そこで、藍色や葉っぱの緑など自然界から感じる色や、精神が鎮静するような少しグレイッシュな色合いを注入しています。また、ラボ感として何も染まっていないものを入れ込もうと、白色を基調とした靴下もあります。 加えて、風合いのよさや機能性にフォーカスしていただくために、今回は華美なデザイン性はおさえ、柄を入れずシンプルなデザインにしています。

「長野ライフスタイル」を感じるつながりのあるプロダクト

梶原
最初は靴下の開発から始めましたが、[SYN:]を「長野ライフスタイル」を提案するブランドにしたいとも考えています。そこで、靴下の次に来るものは何か、そこからどのようにストーリーを広げていけるか、「[SYN:]が考える長野ライフスタイルとは」という定義づけを考えて熟すのを待っていたところ、ようやく答えが出ました。

そのひとつが、お茶です。長野の人はたくさんお茶を飲みますし、お茶は健康にもつながるので、長野にとって非常に大切な文化だと思ったのです。すると、薬草茶を焙煎する会社が県内にあり、つくれる環境があることもわかりました。また、チームのみんなと森にリサーチに行ったりと一緒に歩くなかで、森の香りからくる幸せ感の印象が強く記憶に残りました。そんなことから、長野に来た方にも香りを記憶として残してほしいと思い、香りについても調べると、県内にフレグランス工場があることもわかりました。

さらに今後は、お茶を飲むときや香りを感じるときのスタイルをイメージし、湯呑みや布などを展開したり、香りのディフューザーを木工でつくるなど、長野の伝統工芸や工場でものづくりを広げていければと思っています。最近、そのラインが動き出しているところです。

神田
実際、ずっと「靴下だけでいいのかな」と悩んでいました。悩み抜いて考えたのが、市場は抱き合わせを求めているのではないか、ということ。例えば、当社では靴下だけでなく手袋もつくっていますが、手袋とセットで帽子もほしい言われることが多々ありました。そこで、夜、足先が冷たくて暖める靴下と合わせ、その前段階として身体を温めるお茶があってもよいのではないかと思ったのです。いろいろなものをミックスして提案するかたちです。

梶原
神田社長はいつも思ったことを話すと必ず何らかの意見を打ち返してくれ、相互にアイデアが出てきて動き出すので、非常に柔軟な経営者だと思っています。

神田
もともと当社の体質が開発好きで、先代も靴下の編み機で靴下ではないものをつくろうとしていたり、ガラス繊維を使った防火布を開発して特許を大手紡績会社に売ったりという歴史もあるので、そこが柔軟性につながっているのではないでしょうか。 靴下は「メディカル」「デイリー」「アクティブ」の3ラインで開発しましたが、お茶も香りも同じように3ラインをもたせています。

梶原
「メディカル」ならば眠りの導入につながる休息のイメージで、靴下とお茶とフレグランスを掛け合わせるライフスタイル像が想像できるように。「デイリー」であれば、日々動いているときに履く靴下と、毎日飲み続けて身体にいいお茶、そしてガーデンにいる気持ちになるフローランスの香りなど、日々に重きを置いています。「アクティブ」に関しては、長野の自然のなかで動く気持ちよさ、気分の爽快さをイメージし、運動後に疲労回復するお茶やシティでも森の香りを思い出せるフレグランスを考えています。

神田
お茶は、運動後や日々の疲れをスポーツ飲料や栄養ドリンクではなくお茶で回復できれば、身体に無理がなくていいなと思っています。

梶原
そういうイメージを長野から生まれるライフスタイル像として、丁寧に伝えていけるように考えています。のちのちは、例えばニット製のタオルやブランケット、腹巻など、肌に影響を与えられるものを「メディカル」「デイリー」「アクティブ」として開発していきたいですね。

長野への思い、プロジェクトへの思い

梶原
今回、[SYN:]を通じて長野で写真撮影をしたり、地元の皆さんと関わることを通して、長野への思い入れは大きく変わりました。周囲から「何でそんなに長野について熱く語るのか」と言われるほど(笑)。でも、やはり2年間通ったことで、地域の人の助け合う気持ちや、移住者も含めて長野の暮らしを楽しんでいる様子、自然のダイナミックな美しさ、自然の近さといった魅力が長野にはあると感じています。出身地の北海道にも自然はあるのですが、もっと開けている印象なのに対し、長野の自然は近くて迫力があるので、自然のなかで生きている、あるいは自然とともに生きている臨場感があります。その風景で撮った写真も美しく、長野にきて楽しいと思うことが多いので、周りの人にそれを伝えたくなる。すると、だんだんと熱が入ってきて「長野ってすごいんだよ」と周囲に熱く語ってしまっています。

神田
私は長野で出会う人々が思っていた以上に長野の暮らしを楽しんで生きているなと思っています。もう少し田舎特有の閉鎖感があったり、こういう取り組みに興味がないのではないかと考えていましたが、動き始めると地域で活躍している人やいろいろな活動をしている移住者などが見えてきて、頑張っている人はたくさんいるのだ、知らなかっただけだったなと気づきました。いまはそういう人たちと一緒に長野を盛り上げていければいいなと、勝手に共有感を感じています(笑)。

梶原
神田さんは常に相手のハッピーを考えている人ですから。
そんなふうに[SYN:]に関わっているメンバーは、心が広い人や相手の幸せを喜ぶ人が多いと感じています。サービス精神が旺盛で、相手を大切にする方が揃っているのも、長野に来て楽しいという要素になったり、勉強になります。そういう方々と会うとうれしくなりますし、私も誰かにその気持ちを返さないといけないなとも思います。
また、長寿県である長野は食べ物の影響もあるとは思うのですが、精神的なストレスが低いのではないかとも思います。人の喜びを楽しめる姿勢や、環境からくるストレスを除去する力もあるのではないでしょうか。私が出会う人はおおらかで明るい人が多く、そういう精神的な部分でも長寿につながる生き方をしているのではないかなと思います。 昨日は小山さんが活動をしている山間の地域に撮影に行きましたが、歳をとった方も外での作業を楽しまれていて、地域の人が元気な印象を受けましたね。

神田
チームとしては、何となくみんなと思っていることを話し合うなかで、ポンとアイデアが出てくるのが楽しいですね。

梶原
私はブランドを立ち上げていくとき、最初のヒアリングを通して自分のなかに軸をつくりディレクションをしていきますが、その軸を確かめつつもチームでいろいろなことを話しながら変化していくことも大切にしています。 そして、チーム力が大事なので各自のやりがいを育てていくことも考えます。 当社のスタッフも神田社長と積極的に話し、生き生きとデザインをしています。そうしたなかで、私は最後に決めるべきところはしっかりと見ていますが、自分一人の力だと 判断に迷うときも皆さんに相談できるので 、その関係性も非常によいと感じています。

それに、私のなかで[SYN:]の軸がはっきりと決まった瞬間のエピソードがあるんです。昨年11月にチームみんなで白馬で宿泊をしたのですが、夜中にコピーライターの国井さんのスーツケースが開かなくなって困っていると、神田社長が男性陣を引き連れてきてくれて。

神田
誰かがクルクルとダイヤルを回したら、パカって開いたんですよね。

梶原
そこにいた全員が次々と少しずつアイデアを出し、最後に開いたとき、私はこのプロジェクトの軸を強く感じました。みんなで少しずつ問題を解決し、最後にスーツケー開くイメージのままブランドを育てたいと思ったのです。神田社長が高い集中力でずっとスーツケースと格闘してくれ、これがこのプロジェクトのエンジンだと。完全に無理だと思っていたことを諦めず、トラブルを乗り越えた感動が非常に大きく心に残っています。

国内外に「長野ライフスタイル」を発信できるブランドへ

神田
今後の目標は、やはり[SYN:]を多くの人に知っていただきたいのはもちろんですが、それを通じてこの先もずっと長野に人が来てもらいたい。何だったら移住してほしいくらい。

梶原
思いとしては、長野の活性化に向けて、です。[SYN:]を通じて長野に関心をもってくださる人を増やし、今後の国際的な社会を見据えて海外との架け橋になるプロジェクトにしていきたい。そして、海外の方に長野の長寿のライフスタイルを伝えていける窓口になることは目標のひとつです。それが、神田社長と話して感じた私の任務、めざすべき志です。そのためにはまだまだ越えるべき山がありますが、多くの方に協力していただきながら、確かな力をつけて世の中に出ていけるブランドを育てていきたいと感じています。

撮影協力:オーガニックリゾート、FARM&CAMP Re:HAKUBA
撮影:小野慶輔、鈴木良治、金井真一
取材・文:島田浩美
取材日:2019年6月15日

  • Facebook
  • Twitter